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東京地方裁判所 昭和40年(モ)12982号 判決

債権者 国

代理人 福永政彦 外三名

債務者 株式会社音響機器研究所

第三債務者 国

主文

当裁判所が、昭和四〇年六月五日、同年(ヨ)第四、五五八号債権仮差押事件についてした仮差押決定を認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一、債権者が、申請外ニート音響電機株式会社に対し債権者主張のように昭和三九年度中の物品税等金二六一、七六七、五八八円の租税債権を有しており、右租税債権にもとづく国税滞納処分として申請外会社の債務者に対する金一五、〇一七、三九二円の不当利得返還請求権を差押えた旨の差押通知書が、昭和四〇年五月一日債務者宛に送達されていることは当事者間に争いがない。

二、そこで、債務者が、債権者が主張するように申請外会社に対して不当利得返還債務を負担しているかどうかを調べて見る。

(一)  申請外会社が、昭和三七年二月から昭和三八年三月まで、債務者に対して旧物品税法(昭和一五年法律第四〇号)第一条所定の物品税の課税物件である蓄音器およびその部分品八、九一七台の製造に必要な資金および材料を供給し、製品に申請外会社の商標を表示することを指示して債務者に右製品の製造委託をしたうえ申請外会社の倉庫に移出していたことにより、旧物品税法第六条第三項所定の看做製造業者に該当し、右製品に対する物品税の申告および納付をなすべき義務を負担していたのにもかかわらず、右製品については債務者が自ら同法第四条において納税義務者と規定する製造業者であるとして目黒税務署長に対し右製品に対する物品税の申告ならびに納付を行つていたことは当事者間に争いがない。

(二)  ところで、(証拠省略)によると、債務者が、前記蓄音器およびその部分品八、九一七台に対する物品税の申告ならびに納付を行なうにいたつたいきさつとして次のような事実が認められる。すなわち、債務者は、昭和三一年一一月、当時申請外会社の代表取締役であつた申請外山本孝三、同じく専務取締役であつた申請外小林良之助らの出資によつて設立され、爾来申請外会社から材料の一部の供給を受けるとともに製品については同会社の商標を貼付すべき旨の指示を受けて、同会社において販売すべき蓄音器およびその部分品、マイクロフオン等旧物品税法所定の物品税課税物件の製造に従事することを営業の内容としていたのみならず、その経営資金も申請外会社からの前渡金で賄われ、一応一ヶ月毎に債務者から申請外会社に対して納入した製品の代金で前渡金を清算する建前にはなつていたけれども、右の清算において債務者の経営資金に不足が生じた場合はなおその都度申請外会社から前渡金の交付を受けることによつて資金不足を補なうような経営の方法が採られていたのである。ところで、このようにして申請外会社からの委託にもとづいて債務者が製造していた物品税の課税物件については、昭和三七年一月まで申請外会社が当該課税物件の看做製造業者として所轄の目黒税務署長に対し当該課税物件に対して賦課さるべき物品税の申告および納付を行つていたのであるが、同会社は、右のようにして同会社が物品税を納付すべき場合には同会社が当該課税物件を他に販売する価格が申請外会社において納付すべき物品税の課税標準額となるのに対し、債務者を当該課税物件の製造業者として物品税を申告、納付させる場合においては、申請外会社が債務者から納入を受ける価格が債務者において納付すべき物品税の課税標準額となることにより、当該課税物件の課税標準額がより低廉になり、ひいて右物件に対して賦課されるべき物品税額も低額になるところから、従前の製造委託関係はなお維持しながらも、債務者をして申請外会社からの製造委託にかかる物品税課税物件の製造業者として当該物件に対する物品税の申告および納付をなさしめることとし、当時債務者の代表取締役であつた申請外小沢務本の承諾を得たうえ、申請外会社は昭和三七年一月三一日付で目黒税務署長に対して物品税課税物件の製造委託廃止の申告をするとともに、債務者が同年二月一日付で製造申告をしたうえ、債務者、申請外会社間の前示のような製造委託関係が廃止されるにいたる昭和三八年三月まで、債務者が前示争のない事実として判示したように申請外会社から製造委託を受けた蓄音器およびその部分品八、九一七台に対する物品税の申告および納付を行うにいたつたものであるが、債務者がこのようにして申請外会社からの製造委託にかかる物品税課税物件に対する物品税を納付するについては、当時申請外会社の経理課長であつた申請外猪股誠公らが債務者の経理担当の従業員に指示して右課税物件の課税標準額すなわち債務者の申請外会社に対する納入価格の算定を行うとともに、右価格をもとにして債務者が右製品について納入すべき物品税額を算出し、債務者から申請外会社宛に製品を納入する都度発行する納品書に納入にかかる製品の一台あたりの価格および合計金額に加えて、右製品に対する物品税率、一台あたりの物品税相当金額、合計金額を記載させることとし、申請外会社においては右の製品代金と物品税相当金額との合計金額を債務者に支払うべき金額として、前示のように債務者に対して交付していた前渡金との清算を行つていたものであり、申請外会社がこのようにして前渡金から物品税相当金額として清算した金額は別紙一覧表記載のとおり合計金一五、〇一七、三九二円に達し、債務者は右金額のなかから合計金一四、九三四、八三〇円を申請外目黒税務署長に対し前記製品の物品税として納付していたものである。おおよそ以上の事実が認められるのであり、この認定に反する証人瀬谷一也の証言、債務者代表者馬淵雄三本人尋問の結果は採用し難い。

以上認定にかかる事実によると、債務者が前示のように昭和三七年二月から昭和三八年三月まで申請外会社から製造を委託された蓄音器等八、九一七台の物品税の申告および納付を行うについては、申請外会社、債務者間に、債務者をして右製品の製造業者として物品税の申告および納付を行わしめる旨の合意が成立しており、申請外会社は右合意にもとづいて債務者が納付すべき物品税相当額として合計金一五、〇一七、三九二円を債務者に交付していたものと解するのが相当であり、右のような合意の成立および申請外会社から物品税相当額の金員の交付を受けたことを否定する債務者の主張は採用し難い。

また、右のような申請外会社、債務者間の合意は、当時債務者の代表取締役であつた申請外小沢務本が、債務者の定款に違反し、取締役会の議決も経ることなくした行為である旨の債務者の主張は、単に債務者の意思形成に関する内部的な瑕疵をいうにとどまり、債権者に対抗し得る主張とは解し難いから理由がないといわざるを得ない。

(三)  つぎに(証拠省略)によると、債権者東京国税局間税部監視課においては、昭和三八年四月一〇日から、申請外会社が前示のように昭和三七年一月三一日製造委託廃止の申告をしながらなお債務者に対して製造委託を継続していたことについて間接国税犯則事件として調査を行つた結果、債務者において前示のように納付した蓄音器およびその部分品八、九一七台に対する物品税は申請外会社において看做製造業者としてこれを納付すべきものと認定し、東京国税局長から目黒税務署長宛に申請外会社に対し右製品について課税すべき資料ならびに債務者に対して納付済の物品税の減額更正決議をなすべき資料を送付した結果、同税務署長は昭和四〇年二月九日申請外会社に対し右製品に対する物品税、無申告加算税合計金一九、八三五、九八〇円を賦課するとともに、同年四月二七日、債務者に対して右製品について納付済の物品税について減額更正決議を行つたうえ、前示のように納付済の物品税額とその余の過誤納金を含む金一五、〇一〇、六八六円を債務者に返還すべく通知し、右還付事務を第三債務者に引継ぐにいたつた(申請外会社に対し右のように物品税、無申告加算税が賦課されたこと、債務者に対し右のように減額更正決議がなされ、債務者において第三債務者に対し金一五、〇一〇、六八六円の過誤納金返還請求権を有するにいたつたことは当事者間に争がない。)ことが認められ、この認定を左右するに足る疎明はない。

してみると、前示のとおり申請外会社、債務者間においてした、前記製品に対する物品税を債務者が製造者名義において申告および納付すべきものとした合意は、右合意にかかわらず目黒税務署長が申請外会社を看做製造業者と認定して物品税を賦課し、債務者においてこれを納付すべき必要が失なわれたことにより、その目的を到達することが不可能になつたものと解するのが相当であるから、右の目的のために申請外会社が債務者に交付した金一五、〇一七、三九二円は債務者が法律上の原因なくして申請外会社の出捐により取得した利得に帰し、債務者においてこれを申請外会社に返還すべき義務を負担するものというべきことは明らかである。

(四)  債務者は右金員が不法原因給付に該当すると主張するが、前示の申請外会社、債務者間の合意が、債務者が主張するように申請外会社において脱税をはかる目的に出たものであるにしても、右の合意は、国家の税務政策上の立場から定められた強行規定に違反するにとどまり、社会倫理上許すべからざる、公の秩序又は善良の風俗に違反する行為とは解し難いから、このような合意にもとづいて給付された金員について民法第七〇八条の適用がないことは明らかであるというべく、債務者の主張は理由がない。

三、以上を要するに、申請外会社は債務者に対して金一五、〇一七、三九二円の不当利得返還請求権を有するものというべきところ、債権者は前示争のない事実として判示したように申請外会社に対する国税滞納処分により右債権を差押え、その差押通知書は債務者宛送達されているのであるから、債権者は国税徴収法にしたがい右差押にかかる債権を取立て得べきことは明らかであるから、債務者に対し右金員の支払を求める被保全債権の疎明は十分であるというべきものである。

四、つぎに、債務者は昭和三八年四月三〇日解散して現在清算中であることは当事者間に争いがないほか、債務者において申請外会社に対する不当利得返還債務の存在を争つている前示諸般の事情を勘案すると、本案訴訟における勝訴判決にもとづく強制執行を保全するため本件仮差押をする必要性が存することについても疎明は十分であると認められる。なお債務者は、本件仮差押申請は、債権者と第三債務者が同一人格を有するものであり、このような仮差押申請は債権仮差押の正当な当事者を欠くと主張するけれども、仮差押申請がその被保全債権ならびに必要性についての疎明を具備する場合に、債権者と第三債務者が同一人格者であるために債務者に対して仮差押をなし得ない理由はない(大阪控訴院大正六年八月三日判決法律新聞一三〇三号三一頁参照。)から債務者の主張は採用できない。

五、よつて債権者の本件仮差押申請は理由があり、これを認容した原決定は正当であるからこれを認可すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡成人 守屋克彦 小野寺規夫)

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